
施設紹介
脇本陣とは
脇本陣は、本陣の利用者が多いときに、その補助として使われた施設です。坂本宿は東に横川の関所、西に碓氷峠があり、旅をするうえで一つの難所といわれていました。
坂本宿では二軒の本陣と、二軒(多いときは四軒)の脇本陣もありました。一年間に多い時には40を超える大名や勅使、公家、公用で旅をする幕府の役人などが宿泊することがありました。格式のある建物でしたが、本陣ほどの豪華さはありません。
それでも、大名や幕府の役人が宿泊する場合もあったため、一定の広さや設備が求められました。皇女和宮降嫁の際には、三万人もの人が坂本宿に宿泊するということで、大騒ぎになったとの記録も残っています。

入口
入口に立つと、まず目に入るのが、重厚な木製の門構え。この門は、かつて江戸時代に多くの大名や幕府の役人、公家たちを迎え入れてきた、格式ある脇本陣の面影を今に伝えています。
門をくぐると、石畳の小道が来訪者を静かに迎え入れ、整えられた庭の緑とともに、明治期の建物が奥ゆかしく姿を見せます。この建物は、明治天皇御巡幸の際に御小休所として使用されたものを移築したものであり、永井家の歴史を象徴する存在です。
1F
1階展示室では、永井家に伝わる貴重な史料や、明治期に開設されたキリスト教講義所の面影を今に伝える展示をご覧いただけます。
とりわけ目を引くのは、アメリカで制作された聖書教材掛絵「ベリアン・リーフ・クラスター」の数々。これは明治時代、永井家で行われていたキリスト教日曜学校で実際に使用されていたもので、当時の信仰と教育の様子を色濃く伝えています。
また、中山道や坂本宿にまつわる古地図や、当時の暮らしを映す書画も展示されており、旅人とともに歩んだ脇本陣の歴史を感じることができます。
歴史と文化、そして信仰が交差するこの空間で、永井家が歩んだ物語の一端に触れてみてください。
